「カンテラ屋さんで~す!暗い暗いアルテミシアの夜、カンテラは必須で~す!」
アルテミシアの中にある小さな街のひとつ。夜になると街灯が点り、人々は皆家路につく。
アルテミシアは広い広い草原の土地。暗い夜道を安全に歩けるようにと、カンテラを売る店がそこかしこにあるのだ。
そのひとつ、小さな店の中、店主である少女が客に向かって朗らかに笑った。
その少女はアニマであった。アルテミシアは狩人とアニマの地、アニマはそこまで手先が器用な種族ではないのだが、彼女はとても綺麗なものを作ることができる。
そしてそれは、アルテミシアでは人気の商品なのだ。
——————
「すみません、この美しい光るものを一つ欲しいのですが」
この日来た客は変わった人だった。
シアン色に発光する模様の付いた白いマントを羽織って、腰には剣を下げて。まるで貴族のような格好をしているのに、何故か顔を隠していた。
不思議な雰囲気の人だと思ったけれど、そんなことはどうでもよかった。カンテラを買ってくれるなら誰でもいい。それが私の商売だから。
「光るものじゃなくてカンテラでございま~す、お客さん珍しいねっ、カンテラ知らない?」
「えぇ……そうですね。申し訳ありません、私はあまり外に出ないものですから……」
「そうなんだー、あぁ、いや、責めてるわけじゃないんだよ?ただ珍しかっただけ」
私が笑うと、その人は困ったような顔をした。
「それで、このカンテラという物は一体何に使うものなんですか?」
その質問に、私は目を輝かせながら答えた。
カンテラの使い方を教えてあげる絶好の機会だ。私はカンテラを手に取り、ガラスを開けて中に入っている芯を見せびらかしてあげた。
するとその人は興味深げにそれを覗き込んだ。ちょっと危ないですよと離れてもらい、火の魔法で芯へ炎を灯すと、彼は感心したような声を上げた。
ガラスを閉め、店内の照明を消し、カンテラの光をその人の前に差し出す。
光が反射し、お客さんの顔を映し出す。その顔はやっぱり綺麗だった。
「こうやって使うんだぁ~」
「……この光は、魔法ですか?」
「う~ん、『魔法』みたいな光だけど魔法じゃないよ。確かに火は魔法でつけたけど。でも、すっごいきれいで美しいでしょ?」
「とても美しい……私の出身地とはまるで違う光ですね」
そう呟いたその子の顔はとても寂しげで、なんだか放っておけなかった。
もっと知りたいと思った。この人のことを。
――それからというもの、あの人は週に一回くらいの頻度で私の元へ訪れるようになった。訪れるようになって少しづつその子の詳細が明らかになっていった。
名前はエルルさん。この街の住人ではなく、旅人だということ。歳は19歳で、最近この街に来たということ。
普段はフードを被っているから素顔は見えないけれど、髪色は綺麗な黒髪で、目は深い海の色をした宝石のような青。肌はとっても白くて、男の人にしては華奢な体つきをしていた。
それと、あの不思議な剣について聞いてみたところ、どうやら彼の故郷で作られたものらしい。すごい技術だと褒めたら、少し嬉しそうに笑っていた。
そんなこんなで仲良くなった私たちは、いつしかお互いに呼び捨てで名前を呼ぶ仲になっていた。
「おーい、アイーシャ!」
遠くの方から声が聞こえてくる。振り向くと、そこに居たのはあの子——エルルだった。
私は手を振り返すと、小走りで駆け寄ってきた。今日もいつも通りフードを被ったままの姿だ。
「今日は何を買うの?」
「それが、しばらく故郷に戻らなきゃいけなくなったんだ。叔父上の稼働限界が来ていてね……だからしばらくここに来ることが出来なくなると思う」
「ん?限界ってことは……そっか……」
それは少しだけ困る。だって彼が居ないと退屈だし、何より彼と話すことが楽しいのだ。出来ればずっと一緒に居たかった。……でも、仕方がないよね。彼は旅人なのだから。
「……あ、そうだ。アイーシャ、ごめん、私はずっと君に隠し事をしていた」
そうエルルが言うといつものフードを外した。そして現れたのは綺麗な青い瞳と、真っ黒な髪の毛――いや、コードで出来た髪だった。
そして白い肌だと思っていたのは、何らかの金属で出来ているように見えて、エルルからは機械のようにギチギチと音を立てていた。
「私はアイロハーツなんだ。えとね、私の故郷ではアニマとアイロハーツの相性は悪いんじゃないかって言われてて、アルテミシアに来てもアニマとアイロハーツは価値観が大きく違うんじゃないかって回答を貰っていて。だから今まで言えなかったんだ。ごめん」
「え、えと、つまり、どういうこと?」
「うんとね、私は人族でも魔族でもないんだ。マシニカルのアイロハーツ……わかりやすく言うと機械人間かな。ほら、手足とか顔とかが普通の人間とは違うでしょ?」
確かに、手足は関節が球体になっているし、指先なんかはロボットみたいになってる。それに、胴体の部分にも何かが入っているような膨らみが……
「あと……言う機会がなかったけど……私は女性なんだ」
「え、ええっ……ええーーーーッ!?!?」
「悪いなあ、お土産とは言えこんなにカンテラ貰っちゃって……」
「いいのいいの!気にしないで!」
「えへへ……叔父上にもカンテラの光、見せてあげようと思います。ありがとうございます!」
「こちらこそありがとね!またいつでも来てね!」
私は笑顔で手を振り、エルルを見送るために彼女の持つカンテラに火を灯す。
小さな街に、カンテラが灯り、優しい光が照らしてくれる。
その光は、まるで私の心の中を表しているようで、暖かくて、美しくて、とても切ない光景だ。しばらく待てばまた会えるとわかっていながら、エルルとの別れは少しだけ寂しい。
ふと、私は空を仰ぎ見た。そこには光に負けない、満天の星が煌めいていた。
髪の毛が耳に入るほど伸びてきた頃、なぜかいろんな人たちが前よりも入るようになってきたカンテラ屋にて。
相変わらず客はまばらで、暇を持て余していると、突然店の入り口が開いた。
そして、入ってきたのは黒髪の少女だった。その少女は、一目でわかる程に高価な衣服を身に纏い、きれいな剣を腰付近に刺していて、フードを目元深くまで被っていて――
「あー!エルルーっ!!」
「ただいま、アイーシャ!」
そう言ってエルルは私に抱きついてきた。