雨の日の小噺

 その日は雨だった。二人のエルフが誰にも聞かれないように部屋の中でおしゃべりをしていた。
 「……って事で、俺にゃ無理だ。クレイン、お前さんが頑張りな」
 その言葉を聞いた金髪のエルフ──クレインが目を見開く。
 「ダメだ兄さん、俺は兄さんの方にリーダーになってほしい。だって俺は……まだ半人前なんだ」
 「半人前だぁ? 俺から見たらお前さんの方が立派に魔法を使えるって思うけどねぇ……それに俺はほれ、父さんや母さん、クレインとは違って上手く魔術を操れねぇ」
 今している話は、跡継ぎの話だ。クレイン達は『フィアンマ』という裏組織の次期組長候補であり幹部候補として育てられている最中なのだ。
 現在、二人は魔術の使いこなし方についての話をしている。次の組長にはクレインの方がふさわしいと、兄の方は組長をやる事を辞退したのだ。
「で、でも……」
「あ~、分かったよ! じゃあこうしよう。俺はしばらく表に出て組を引っ張る。その間お前さんがこの組織のリーダーとして頑張ってくれりゃいいさ。それでどうだい?」
「うん……ありがとう、兄さん」
 クレインはほっとしたように息をつく。すると兄は自分の耳にぶら下げていたピアスを手に取り、まじまじと見つめた。それは金で出来たピアスだ。
「それ、兄さんのお気に入りのピアスだよな? なんで外すんだ……?」
「いんや、クレインの事が心配だからよ。こいつ毎預けとこうかねぇって思ったんだ。そうしたら、クレインは俺と離れてても上手くやっていけるだろう」
 そう言ってピアスを外した兄は、それをクレインの手のひらへと差し出した。
 ──昔からクレインは兄の事を頼っていた。だからこそ、離れたくないと思っていた。しかし同時に、自分はまだまだ未熟者だと自覚していた。兄が自分のように上手く魔法を使えない事も分かっていた。
 そんな優しい兄の為にも、自分から自立しなければと思ってはいたのだ。
 そして数日後の事である。クレインの兄は表向きは「何でも屋」を名乗り、裏ではフィアンマというマフィア・裏組織を率いている人物になった。
 クレインも兄にならい、何でも屋を名乗る事にしたのだ。自分がリーダーに選ばれているとはいえ、自分にとってはかけがえのない兄。その兄が自分より上でいなくなった事により、少し寂しさを感じた。
 だが、いつまでも兄に頼っていてはダメだと思い直し、一人でなんでもやってみようと決心をしたのである。
 これはまだ二人がフィアンマとして大きく動く前、小さな出来事のお話。
 雨はクレインがピアスを身につけ、似合うと言われた頃にはやんでいた。