生前の記憶

 幼い頃はとても怖がりだったものだ。暗闇も、夜の海も、夜空に浮かぶ月さえも苦手で、いつも母に手を引かれて歩いていたように覚えている。そんな俺にとって森は恐ろしいものだった。
 木々の間から零れる陽光さえ恐ろしく感じたものだ。人里から離れたら魔物がいる。魔獣もいる。だからといって、森の中に入る事がないわけではない。
 森の中には多くの動物や植物が存在する。それらを狩るために狩りとしては自然の中に入っていくのだ。
 しかし幼いながらに俺は御伽話を愚直に信じ、森の奥には人を喰う魔獣が住んでいると考えていたのだ。そしてある日、森に入っていった父が大怪我をして帰ってきた。その日から母は森を恐怖し、ずっと父の傍にいるようになった。
 狩人は時に命を落としやすい職業なのだという。それでも俺は父に憧れていたし、いずれは自分が同じ職業につくと思っていたんだ。だけど父は死に際にこう言ったんだよ。『もう二度とあの森の中に行くな』と。
 
 アスポデロスの森へ薬の材料を採取しに行く日々。父と母は熱心なアルテミス教徒であり、常に自然との係わりについて説いていた。
 我々は命を狩る。それはあらゆる種関係なく行われる行為である。しかし我々人族は時に狩人である事を忘れがちである。
 狩人は最低限を頂くのだ。それすらも出来ない者は全てを喰らう魔獣と同類である。故に私は自然に感謝をしなくてはならない。
 その事を忘れるなと常に言われてきたものだ。
 そして俺が二十三歳になった時、父が森に採取に出掛けたまま帰らぬ人ととなった。その年は希少な薬草が大量に咲くという異常気象が起きていた。欲を出した父は「怪異」に喰われたという噂が広がって、そして近いうちに「怪異」は街を蹂躙し、炎で街は焦げ、氷で街は機能を停止した。
 多くの者が逃げ遅れてしまった。俺もその一人だ。そして偶然にも生き残った数少ない者の一人が俺だった。その時俺は自然に裏切られたような気がしてならなかった。それから暫くの間は怒りに任せ木の根をを踏み荒らし草木を燃やしたりして暴れまわったものだ。今思えば馬鹿な事をしたと強く思う。自然に怒ったところで俺には何も帰ってこない。
 その後俺は自暴自棄になり、幼い頃から恐れていた森の奥へ入り込むことにした。
 
 そこからの事はよく覚えていない。気づけば肉体は無くなっていた。だが魂だけが残り、あてもなく彷徨っていた。
 本能的に肉体を求めたと思う。肉体が無ければ死んでしまうものだ。強い執着心で魂のみになった者はやがて、肉体に取り憑きその身体を操作してでもこの世に残ろうとするという。
 きっと俺もそういう状態だったのだろう。偶然にも森の奥に一つ捨てられた人形があった。それを見つけた瞬間、俺の魂はその身体に入り込んだ。
 鶏の甲高い声が森中へ鳴り響く。暖かな光が体へあたった気がして、俺は瞳を開けることにした。これは夢だ。起きたら全て忘れられる。